【解説】 5期目開始のプーチン大統領、現代ロシアの「皇帝」
スティーヴ・ローゼンバーグ BBCロシア編集長
ウラジミール・プーチン氏はもはや、目隠しをされても歩いていけたはずだ。
クレムリン大宮殿の「アンドレーエフの間」にたどり着くには、かなり歩く必要がある。そしてプーチン氏が大統領就任式のため広間まで歩くのは、これで5回目だ。プーチン氏は7日、ここで大統領就任の宣誓を行い、新たな6年間の任期を開始した。
プーチン大統領は出席した閣僚や要人に対し、「我々は団結している、偉大な国民だ。共にあらゆる障害を乗り越え、すべての計画を実現させ、共に勝利しよう」と語った。
プーチン氏にとって、この赤いじゅうたんのルートは慣れ親しんだものだろう。しかし、初めて大統領となった2000年5月とは、情勢が大きく異なる。
プーチン氏は当時、「民主主義を維持し、発展させ」、「ロシアの面倒をみる」と誓った。
それから24年後、クレムリン(ロシア大統領府)の指導者はウクライナに戦争を仕掛け、ロシアは多大な犠牲を出している。大統領は国内では、民主主義を発展させる代わりに抑圧している。批判する者を収監し、自らの権力に対するあらゆる監視と均衡を取り除いた。
アメリカ政府の国家安全保障顧問だったフィオナ・ヒル氏は、「プーチン氏は自分のことをロシアのツァーリ(皇帝)だと、『ウラジーミル大帝』だと思っている」と述べた。
「プーチン氏の最初の2期に限るなら、プーチン氏への評価はかなり好意的なものだったはずだ。ロシアを政治的に安定させ、返済能力を復活させた。ロシアの経済とシステムは、史上最も良い状態で動いていた」
「しかし、10年前のクリミア併合から始まったウクライナへの戦争で、この軌道が劇的に変わった。 プーチン氏は実務重視の現実主義者ではなく、帝国主義者になってしまった」
就任式の会場には、「プーチン5.0」の支持者が大勢いた。
ロシアのピョートル・トルストイ議員は、「プーチン氏はロシアを勝利に導いている!」と私に言った。
「勝利とは何ですか?」と私は尋ねた。
「勝利とは、ロシアは超大国なのだとイギリスと西側諸国が気づき、ロシアの国益を認めることだ」
「もし西側がそうしなかったら?」
「そうなれば、西側はおしまいだ」と、トルストイ議員は結論した。
クレムリン宮殿の中で私は、プーチン大統領を強力に支持するヴャチェスラフ・ヴォロディン下院議長にも会った。ヴォロディン議長は、「プーチン氏がいればロシアがあり、プーチン氏がいなければロシアはない」と宣言したことで有名だ。
ヴォロディン氏は私に、「西側諸国は、いずれ崩壊する弱いロシアを必要としているが、プーチンが立ちはだかっている」と話した。
驚くべきことに、プーチン氏が最初に政権を握ってから、アメリカでは5人の大統領が、イギリスでは7人の首相が誕生している。
そして、四半世紀近くにわたってロシアを動かしてきた結果、プーチン氏は確実にその痕跡を残した。かつて、「ブレジネフ主義」や「ゴルバチョフ主義」、「エリツィン主義」という表現はめったに使われなかった。
しかし、「プーチン主義」は存在する。
米カーネギー国際平和基金ユーラシア・ロシア・センターの上級フェロー、アンドレイ・コレスニコフ氏は、「ロシアの歴史には、『だれだれ主義』と呼ばれたものがもう一つある。スターリン主義だ」と語った。
「プーチン主義は、スターリン主義の再来と言ってもよいだろう。プーチン氏は、(旧ソヴィエト連邦の独裁者)スターリンのようにふるまっている。プーチン氏の権力は、スターリン時代のようにプーチン氏個人に集中している。プーチン氏は政治的な抑圧を大いに使う。そしてスターリンのように、死ぬ時まで権力を保とうと準備している」
西側諸国にとっての課題は、このプーチン氏とどう渡り合うかだ。日に日に強権的になり、本人が言うところの「偉大なるロシア」を何としても再建しようとする、現代の皇帝と。核兵器を持つ、現代の皇帝と。
「核兵器に対しては、我々にできることは山ほどある」と、前出のヒル氏は言う。
「中国やインド、日本といった国々は、プーチン氏がウクライナで核兵器をちらつかせた際、非常に神経質になって反発してきた。核兵器使用という乱暴で思わせぶりな話を押しとどめる国際的な枠組みを作ることで、ロシアに自制を強いることができる」
「プーチンはいろいろな意味で、ならず者リーダーのような存在だ。それだけに、国際的な枠組み作りは、プーチン対策のひとつのモデルになるかもしれない。彼がやりたがるような行動を許さない、制約を強化した、許容度の低い環境を作る必要がある」
公式には、今年3月の大統領選でのプーチン氏の得票率は87%だった。しかし、自由でも公正でもなかったと広くみられているこの選挙で、プーチン氏に対する本格的な対抗馬はいなかった。私はこの点についてこの日、ロシア中央選挙管理委員会のエラ・パムフィロワ委員長に質問してみたが、好意的な答えが返ってきたとは言い難い。
「大統領に反対する大勢が、出馬できなかった」と私は指摘した。
「そのような批判をする人は、ロシアに行ったことがないか、ロシアに来たばかりかのどちらかだ」とパンフィロワ氏は答えた。「作りごとと嘘ばかりだ」。
プーチン氏を見つけられるのは、クレムリン大宮殿だけではない。
私は、モスクワから約100キロにあるカシラの街で取材した。ここには、集合住宅の壁一面を覆う、巨大なプーチン氏の肖像画がある。
カシラでは、国民を常に見つめているのは(ジョージ・オーウェルが小説「1984年」で描いた「ビッグ・ブラザー(偉大なる兄弟)」ではなく)、「ビッグ・ウラジーミル」なのだ。
年金で生活し、道端で花を売っているワレンティナさんは、プーチン大統領が「好き」だと話した。
「良いアイデアを持っているし、国民のためにたくさんのことをしています。確かに私たちの年金は多くないけれど、たとえ彼でも、一度に全てを直すことはできないので」
「もう25年も続けていますが」と私が指摘すると、ワレンティナさんは「でも、(プーチン氏の)次に誰が来るのか分かりません」と答えた。
「ロシアでは、私たちは皆、同じように考えるよう求められます」と、プーチン氏の壁画の前を通りかかったウィクトリアさんは語った。
「何かプーチン氏に逆らうようなことを言うと、夫は『次にプーチン氏を批判したら離婚する』と言います。夫は大統領に夢中なんです。プーチン氏がいなければ、ここでの生活は1990年代と同じように厳しいものだっただろうと言います」
さらに、通りがかりのアレクサンドルさんに大統領をどう思うか尋ねようとしたところ、このような答えが返ってきた。
「今、意見を表明することは危険です。ノーコメントで」
私が話をしたほとんどの人は、プーチン氏の壁画に気づかずに通り過ぎると言う。慣れてしまったのだ。
まるで、たった一人の男がロシアを動かしていて、クレムリンに当面は変化の見込みがないことに慣れきっているのと同じように。
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